超京都|現代美術@名勝渉成 アートフェア

名勝渉成園について
池泉回遊式庭園をもつ東本願寺(真宗本廟)の飛地境内地(別邸)。
1641(寛永18)年に三代将軍・徳川家光から当地(約一万坪)が寄進され、石川丈山の趣向を入れた作庭がなされました。園内の諸殿は1858(安政5)年、1864(元冶元)年の二度にわたって焼失。現在の建物は明治初期から末年ごろに至る間に順次再建されたものです。

庭園には四季折々の花が咲きほこり、変化に富んだ景観は「十三勝」や「十景」と称されて、高い評価がなされています。
室内からは、前庭を隔てて東山の阿弥陀ヶ峰を借景とした雄大な景色が満喫できる閬風亭。
室内は通常の書院造りの間取りとは若干異なり、畳を外せば能が演じられるようになっていました。
また、大広間の北西に続く「嘉楽」と呼ばれる一室は、床と付書院をそなえた八畳敷で、
一八八〇 (明治十三)年七月十四日、明治天皇がご休息に使われた場所です。
石川丈山直筆による「閬風亭」扁額
明治天皇がご休息に使われた嘉楽
池へ落ちる小滝(滴翠)からその名がつけられた滴翠軒。穏やかな屋根が深く軒を差し出し、
縁側が池中に張り出されているのが特徴です。池の背景には「キリシマヤマ」と呼ばれる
築山があり、南側の生垣とともに他の庭から離された作りになっています。内部には花頭窓と、
床脇の半月形吹抜きが印象的な座敷が設えられています。
滴翠軒と吹放しの廊下でつながり、池に臨んで建てられていることからその名がつけられています。かつては滴翠亭もふくめ二棟を併せて「臨池亭」と呼び、北の滴翠亭に対して南にあるこの建物を「喫茶居」と呼んでました。

主室は八畳二間で、二方に縁をめぐらして滴翠亭とよく似た外観となっていますが、さらに東側全面に幅一間の縁を張り出し、前面の池との一体感を協調しています。